レヴィナスによるとヨーロッパの哲学は本質的に無神論であり、自我が世界を全て認識し、取り込んで支配しようとする哲学だという。それは独我論であり、レヴィナスによれば独我論は有神論と相いれないものだ。
独我論は世界を自我に取り込もうとする。しかし、他者とは認識できない、あるいは認識できると思ってはならないものである。他者を認識できたと思うことは、他者を自我に取り込んでしまうということだ。レヴィナスによると他者と関わるということは、自分の中に他者を同化しようとするのではなく、到達できないにも関わらず自分が他者の方に無限に近づこうとすることだという。それが他者への「憧れ」と表現される。レヴィナスが他者というとき念頭にあるのは旧約の神だろう。

「知識を得れば得るほど人は相対主義的になるのではないか」と評論家の岡田斗司夫が指摘していた。
確かにその傾向はあると思う。
ロドニー・スタークのキリスト教史を読んでいたのだが、スペイン異端審問所の残虐なイメージは過剰につくられたものであると論じられている。
実際、スペイン異端審問所は民間の魔女狩りを抑止する機能があり、結果的に異端審問所が救った命は少なくないということだ。
異端審問は確かに野蛮な思想に基づいているが、スタークの本を読んだ後では、絶対的な悪とまでは断じられないことがわかる。
悪だとしてもそれは魔女狩りよりも相対的にマシだと論じなければならない。
知識が増えれば文章が相対主義的になり、歯切れが悪くなる傾向がある。
文章の歯切れを良くするためには、どこかで私たちは知識の吸収を止める必要があるのかも。

読んだ本

読んでいない本について堂々と語る方法

読んでいない本について堂々と語る方法

タイトルにそぐわず真面目な本。「本を読む」「理解する」とはどういう意味かを問い直し、ロラン・バルト以降の解釈の多様性を持ち出し、「読んでいない本」を語る意義を明らかにする。
一四一七年、その一冊がすべてを変えた

一四一七年、その一冊がすべてを変えた

シェイクスピア学者の著作。1417年、教皇庁の秘書が古代ギリシアのエンペドクレスの詩を発見した。エピクロスの思想に基づいたこの詩は、やがてルネッサンスを引き起こす力となる。

見た映画

http://sherlock-sp.jp/
BBCの人気ドラマ「シャーロック」のテレビスペシャルを劇場公開したもの。正直、映画化するような内容ではないと感じた。ライヘンバッハの滝の再現はファンサービスとして良いように思う。

読んだ本

障害者の経済学

障害者の経済学

経済学者が障害者にまつわる経済について語る。リカードの比較優位を使い障害者の就労を語るあたりは面白いが、障害者の多様性が意図的に軽視されているため違和感もある。
障害学への招待

障害学への招待

優生学、文学における障害者像、ろう教育など様々な観点から障害について論じた論文集。

『人間の安全保障』

人間の安全保障 (集英社新書)

人間の安全保障 (集英社新書)

読んだ。インド政府の核保有を批判する文章も収められている。

人権

日本で「人権という言葉が胡散臭い」という話を聞くことがある。
それに対してどう説明できるか。「人権がなぜ必要か」ということは、フランス人権宣言・立憲主義・財産権などの言葉をもとに説明することができるかと思うが、「なぜ国民の1人1人に人権があるといえるのか」ということを突き詰めていくと法的なものを越えて信仰の領域となり、宗教的な言葉を用いずに説明することが難しくなる。
現代社会を支える理念の多くと同じく、人権という概念もキリスト教文化圏の中で育まれてきたものであり、キリスト教的な理念が法的なものに消化されることによって非キリスト教圏においても受容され得るものとなった。日本では「人権」を語るときキリスト教的な文脈を抜きにして理念を説明しなければならずそこに困難さが生まれ、「人権」という理念そのものが「胡散臭い」という非難が生まれ得る。これは「人権」に限った話ではないが。